2012年12月22日土曜日

セックスとは本来・・・

「セックスとは本来100%で相手を感じるもの」

コスプレして他の誰かになりすましたセックス。
シチュエーションプレイもしかり。

他の誰かを思い浮かべながらのセックス。

いろいろ経験はあると思うけど。

心からの満足は得られたかい?


自分の名前を呼ばれながら、100%で私を感じている相手を見た時、女である喜びを知ったのです。
それだけで一生脳裏に焼き付くような、セックスの快感を知ったのです。

今は多くの人が本来のセックスを見失っている時代なのかもしれないね。

セックスを取り戻そう!日本!(笑)

2012年11月10日土曜日

大人になるには…

「大人になるには涙を流しきらなきゃ」 小さい頃は自分でどうすることも出来なくて、心のスイッチを切った事があるならば、 その頃に流せなかった涙があるはず。 無いものにしてしまった涙をそのままにしてしまったら、不完全なまま。 ちゃんと全部流してあげて、子供の心を取り戻して、そしたらちゃんと大人になれるよ。

2012年10月23日火曜日

本当の敵は・・・

「本当の敵は自分の心の中の闇」

共通の敵を作ると仲間に・・・?
町と町の争いも、国と国の争いが起きれば仲間。
国と国の争いも、他の星との戦争が起きれば仲間。

そんなスパイラル、なんの解決にもならない。
ずっと辛いまま。本当はその辛さが嫌なのに。

元の元をたどる・・・
町と町、家族と家族、嫁と夫。
単位は最少になって、自分一人になる。

本当は自分の心の闇が原因なことに気づく。

それは他人をコントロールしようとする欲。
そして自分だけが得しようとする欲。

それが自分と世界の不幸を作っていることに気づかぬふり。

自分の中の闇と戦わないための、外に向けた怒り。

争い合うもの同士は共依存の関係にある。


そろそろ、本当の闘いに挑んでも良いのではないか。

いや、戦争をしない日本人はもう多くの人が闘ってるのかもしれない。
年間何万人という自殺者の多くはその戦いのさなか戦死した人達なのかもしれない。

時代は動いている。
私も共に闘う。

2012年10月20日土曜日

イネイトインテリジェンスは・・・

「イネイトインテリジェンスは愛そのもの」

イネイトインテリジェンス・・・直訳すると「先天的知能」
命に備わっている、先天的知能、イネイトインテリジェンスの存在を改めて実感している。

イネイトインテリジェンスは死より生の方向、幸の方向へ命を導こうと常に働きかける
命の羅針盤のようだ。

時に、それは私の心を守るため、記憶を封印する。
幼い命を守るため、問題を先送りする。
そして成長し、自由になった私を見て、イネイトインテリジェンスが問題を投げかけてくる。
不完全な私の命を私自身の手で完成させるために。

イネイトインテリジェンスは私の命の幸せのために、時に厳しく、時に優しく、
ゆるぎない愛情を私自身にそそぐ、私自身の「愛」そのものだと思う。


2012年6月29日金曜日

究極のストレス発散方法は・・・

「究極のストレス発散方法は泣くこと」
・・・だと思う。


人間ってストレスの多い生き物だと思うけど、その変わり声を出してエンエン泣くことが出来る。

涙と一緒にストレス物質を排出できるんだよ。

なんだこのスゴイ技は(笑)


私さっき実は大泣きしました。
結婚して以来、今日が一番泣いたんじゃないかな?
ささいな事がきっかけのケンカだったけど。
もう、思いっきり泣いたので今は物を投げたいとか、大声を出したいとか、そんなことは思いません。(笑)
落ち着いてブログを書いています。


大人になると皆、泣くの我慢したりするけど、そんなの必要ないと思う。

泣きながら仕事したってもちろん良いと思うし。
まー難しいけど。


親になる頃には、子供の前で泣くようなことは無いようにって思ってたけど、その考えは訂正。

大人だって弱いんですよ。
悲しかったり辛かったら泣きますよ。
君と一緒ですよと、教えてあげれば良いのかなと。

あ、ちなみにまだ子供はいませんが(笑)


そんな事を思う今宵なのでした。

  

2012年4月15日日曜日

人を見下すことは…

「人を見下すことは自分自身を見下すこと」

カフェで一人待つ時間。
イヤホンを外すと回りの人の沢山の話し声。
どれも人の悪口や噂話ばかり。

私はそれにウンザリして、後でその事を夫に話す。
すると夫は「影で言ってる今、君も彼らと同じだね」と。
正論だけで同調してくれない彼に私はやり場のない思い。

一人になって考えた。
何で私は苦しい気持ちになったのか。

私の出した答えは…


カフェにいた彼らが話していたグチ。
それを私が醜いと思ったのは自分も彼らの気持ちが解るからだ。
人の悪口や噂をすることを「みっともない事」として、自分の中に封印していた。
だから、それをしている彼らを醜いと感じたのだと思う。

「みっともない事」をする人間をレベルの低い人間と蔑んでいる。
だから、もし自分が同じことをしてしまったり、同じだと言われた場合に、
「レベルの低い人間」と蔑まれたような感覚になってしまう。

自分が嫌だと感じる人の行動は、全て自分の中にも欲求がある行動だと思う。

怒鳴る人は嫌いでも、自分も怒鳴りたい時はある。
人を助ける夢を見たかと思えば、人を殺す夢を見ることだってある。

きっと、一人の人間の中には理解しうる全ての善悪が備わっている。

ただ、人には何を好み何を嫌うかの違いがある。
自分の中に黒から白まで無限に広がる色の中で何色を選ぶかという違い。
自分の目指す方向の人間を上、その逆を下と、自分の中でレベルづけして人を見てしまうなら、
自分自身の半分を否定することになる。
人を見下すことは自分自身を見下すこと。
それはとても生きづらく、理解を遠ざける事になると思う。


今日の夫のように、理路整然と物申す気持ちも私には解るし、カフェで愚痴ってしまう彼らの気持ちも解る。
他人と自分の境界線なんて曖昧で良いのかもしれない。
私は貴方で、貴方は私。
色んな気持ちがあるけど、全て私の中にも貴方の中にも存在するもの。

蔑むことに意味などなく、むしろ愛すべき自分の一部なのだろう。

2012年4月14日土曜日

人生って…

「人生ってフラクタル」

虚数の入ったフラクタル図形で、植物の形そっくりの絵が描けたり、
海岸線等の侵食地形が描けたり。

1つの法則を繰り返す事で複雑な現象を生み出してるかのように見えるのは人生も同じだと思う。

もし、今と違う世界を描きたいなら、たった一文字だけでも数式を書き換えてあげれば良い。

たとえばそれは、「早起きをする」「ありがとうを言う」「姿勢を正す」など些細なことであるかもしれない。

でも人生の景色がフラクタル図形のようであるならば、そのたった1つの変換が、大きな景色の変化を見せてくれるだろう。

今、自分が見ている景色は全て自分の中の1つの公式が描き出している像に過ぎないのだから。



2012年3月31日土曜日

頭で解って…

「頭で解って実践で習得する」

頭で解ってるんだけど、実践はなかなか難しい。
そうゆうことって沢山ある。

頭で解っているだけではまだ自分のものにはなっていない。
実践出来てこそものになる。


私がいま習得したいこと…それは、「他人の評価を気にしない」という生き方。

このブログでも散々書いてきたことではあるけど、やっぱり実践はなかなか難しい。

実際、私はこのブログを友人や家族には秘密にしている。
それは評価されて自分が凹んだり、逆に舞い上がったりするのが怖いからだ。
そうなってしまったら自分は書くことを辞めてしまうと思うから。

コメント欄を非表示にしているのも、誰かに意見されるのが怖いからだ。


それでも自分を表現したいから、ブログを書いているし、読んで欲しいからブログランキングにも参加した。
表現したい気持ち、見てもらいたい気持ちと、評価されて傷付きたくない気持ちが私の中で共存してる。
評価される心配がないから、自由に書ける。

評価を怖れることが無ければ、日常のあらゆる場面でもっと自由に自分を表現することが出来るだろうけど…
私にとって音楽も、ダンスも、絵も、全て…
好きな事を思いきり表現出来ないのは全てこの理由。

無くしたく無いから、自分の部屋にしまいこんでる。
無くす理由は自分の心にあるのに。

私はまだこの出口を見つけることが出来ない。

2012年3月19日月曜日

本物の出会いを果たしたら…

「本物の出会いを果たしたら自由になれる」

旦那の横で夢うつつ、ウトウトしながら思ったことは

こうして出会って触れあう為に生まれて来たんじゃないかな。
ということ。

体と心で、精一杯感じ合うために。


もし魂があるのなら。
体が生まれる前から魂はあって、死んだ後も魂はあり続けるのなら。

何でワザワザ肉体を持って生まれて来たのだろう。
命を奪い続けることでしか生きていけなくて、
死ぬためには大きな苦痛を伴うのに。

それでも生まれて来た目的は…


答なんて無いんだけど。
考えても仕方ないのだけど。

肉体で精一杯感じられるこの世界で魂と魂が出会って、感じ合えることは、とても素敵な事なんじゃないかな。
少なくとも私にとっては。これ以上の喜びを知らないから。

生まれて来た目的の一つが「出会い」や「触れ合い」であるなら、
独りぼっちが寂しくて当たり前。

人は皆、出会う為にさ迷っているみたいで当然。

だから本物の出会いを果たした後から人は自由になって、人生を旅することが出来るようになるのかと。

そんなことを思う今日この頃。


2012年2月26日日曜日

将来の夢って・・・

「将来の夢って必要なくない?」


何でも実際に自分でやってみるまで楽しいかどうかなんて解らないし、
将来何になりたいかなんて、考えられなくて当然だと思う。

今、自分が何をしたいのか、何をやっていると楽しいのか。

自分が「今」やりたいことをやって、「もっとこうしたら楽しいかも」みたいなことにどんどん挑戦していって、その結果が将来であれば良いと思う。


将来の夢を参考書の中から探すのでは無くて、自分の経験をどんどん増やしていって、
自分が「これが得意だ。これが楽しい!」って思えるものに出会える機会を増やしていく事の方が重要だと思う。

26歳にもなって、今さらこんなことに気づくのであった。


2012年2月14日火曜日

生きることは・・・

「生きることは変えること、変わること。」

私達は酸素を二酸化炭素に変えながら、食物を熱エネルギーや運動エネルギーに変えながら生きている。

それと同時に体を成長させたり、心を鍛えたりしながら変化し続けている。

生きる事と変化とは切っても切れない関係で、そこに生きる事へのヒントが隠されているんじゃないかと思う。

楽して儲けると・・・

「楽して儲けると他の誰かが苦労する」

もし何でも願いが叶うなら…お金欲しい!って思う人結構いると思う。

でも、働いて無いのにお金を手に入れ贅沢するってことは、誰かにタダ働きさせてるってこと。

誰かを奴隷のように働かせて、自分がその上にあぐらをかいて座ると言うこと。


お金のお陰で世の中は凄く便利だけど、その分格差も生まれやすくなってしまう。

せっかく効率的なシステムなのに、「自分だけ得したい」っていう一人一人の気持ちのせいで、とっても勿体無いことになってる気がする。


贅沢するなら、それなりの働きで還元しなくちゃ。

2012年2月11日土曜日

食べることは・・・

「食べることは命を頂くこと」

当たり前の事なんだけど、私は最近気がついた。

自分が食べてるものは全部、命ある物だった。

野菜も肉も穀物も。

生きたものを食べないと生きていけない。


だから、それでも食べて生きるなら、素敵な生き方がしたい。


2012年1月11日水曜日

全てを極めるには・・・

「 全てを極めるにはたった一つを極めればいい 」




一杯のお茶をきちんと入れることが出来るなら、あなたには全てのことが出来るはず。


・・・ということわざ。があるらしい。


まさにその通りだなと思う。



極めるものはきっと何だって良い。

入り口は何処にだってある。


一つの細胞から人間が出来るように、その細胞一つに全ては刻まれている。

それと同じように、この世界の全てのもの一つ一つには宇宙の全てが刻まれているんじゃないだろうか。


ファッションを極めるも良し。
武道を極めるも良し。
学問を究めるも良し。
・・・
たった一人の人間と、とことん向き合うってことでも良いと思う。


一つを極めるということは、結局全てに行き渡るってことだと思うんだ。



2012年1月5日木曜日

お金で・・・

「 お金で世界は変えられる 」

お金で世の中が回っているうちは・・・だけどね。


「世の中を良くしよう」って考えたとき、政治に関心を持つ人や、ボランティアに出かける人がいると思う。

それももちろん大切なんだろうけど、案外盲点なのが「お金の使い道」だと思う。

例えば悪いことばかりしている組織があったとして、その活動資源はやっぱりお金だ。

お金が無くちゃ何にも出来ない。


政治家がいくら試行錯誤しても結局はお金の動く方向が世の中の動く方向だから。


だから私たち消費者は、もっともっとお金の使い道を真剣に責任をもって考えなくちゃいけないんだと思う。

「安いから」とか「ブランド品だから」とかいう理由で安易に決めちゃいけないと思う。


働く→稼ぐ→買う

ってことは、お金の使い道が、自分の世の中に対する働きかけそのものなんだから。


服・コスメ・食料・娯楽・・・
お金で買う身の回りのものを少しずつでもこだわって揃えていきたいと思う。


決意をすると・・・

「 決意をすると動き出す 」


これはここ1ヶ月位の私に起きた出来事のまとめ。


会社を辞めるべきな気がする~・・・と、漠然と思っている時期は何も動きださなかった。
上司に直接申し出ても真に受けてなかったみたいで。


でも新しくやりたいことが見つかって、ある日私の心はハッキリとそっちの方向に向いたんだけど、
不思議なことにその時からトントン拍子で退職することが決まり、みるみるうちに話も広まり、
気づいたら私はある学校に願書を送ってた(笑)


しまいには今年の元旦に引いた大吉のおみくじに「勉学に身砕くとも心豊かに」って書いてあった(笑)


もうこれは背中押されてるとしか思えない今日この頃なのです。